東京湾の無人島「猿島」

お山歩&お散歩

東京湾の無人島「猿島」を散策してみました。

このところ、うつうつとしたことが続いていたので、お天気の良い週末、早起きして、気分転換に伊豆の低山へ秋を探しに行こうと向かったところ、高速道路が大渋滞。川崎を過ぎた辺りで、伊豆は遠すぎる、もう行先変更だ!とスマホを検索すると「猿島散策」とな?おお~それは横須賀、近し!ということで高速を降りました。おかげで変更後の道中は渋滞なし!ただ私たち、リュックを背負った登山者スタイルではありますが💦💦

東京湾最大の無人島「猿島」

下調べも何もなしに来てしまい、というか、横須賀、東京の近くだというのに、殆ど訪ねた記憶のない場所でした。もちろん「猿島」も初体験。ナビの示す通りに進むと、フェリー乗り場のある三笠公園の隣は米軍基地で、ゲートの前を通過する時は、ちょっぴり緊張してしまいました。

あの島が「猿島(さるじま)」。

場所はここ↓「三笠ターミナル」から、フェリーで約10分。

朝8時半にターミナルに到着してしまいましたが、始発のフェリーは9時半です。けれど、続々と人がやってきて、チケット売り場には9時前から長い行列ができました。ここから、あのフェリーに乗ります。

お天気の良い日で、フェリーは満員。猿島、こんなに人気があっただなんて💦

約10分、潮風に吹かれると、あっという間に到着です。桟橋にはレストハウスもありまして、そこでガイドツアーに申し込めるみたい。事前学習なしの私たちでしたので30分のコースに参加しました。

兵どもが夢の跡

シニアのガイドさんは、よどみない説明が心地よい。後について歩き始めると、おお~こんな感じ。

この煙突のある建物は、石炭を燃やして電気を作っていた発電所とのこと。現在でも電気は通っていないので(今は燃料を燃やして)発電しているそう。

猿島の要塞施設は、山を彫り込んで造られていて、外から見えないようになっているのだそうです。だから、歩く道は全て、切通しやトンネルになっているのです。

猿島について、ガイドさんの受け売り↓

ここは、かつては民間人が立ち入ることができなかった要塞島。江戸末期に欧米の船舶がやってくるようになったため軍事拠点として整備が始まり、明治になると「東京湾要塞」の一つとして軍によって大砲が設置されました。けれどやがて時代は船舶から航空機へと移り変わったため、旧式の砲台を廃止し、航空機を狙った高角砲が設置され、防空砲台となって終戦を迎えたのだそう。第二次大戦以降は、海水浴やバーベキューもできる観光無人島となっています。一周約1.6キロという小さな島です。

ここは弾薬庫。

右側の大きな扉に弾薬を保管するのですが、夜になると真っ暗で見えない。電気のない島の灯は火を使うランプだったので、弾薬庫に持ち込むのは危険。そのため左に小さな通路を作り、所々に窓を設けてガラス越しに灯を取るようにしたのだそう。左の小さな扉は灯り取りの入口。

この煉瓦は、長・短・長と並ぶフランス式という積み方だそうで、残存していることも珍しい、とても貴重な遺構なのだそう。

ここ、切通しなのです。つまり掘り込んで造った道、そしてトンネル。両側には煉瓦や石を積み上げて…。兵隊さんたちが戦う相手は、まずはこの無人島の山、というわけだったのですね。

このトンネルの煉瓦も誠に美しくて、ここには予備の弾薬が積まれていたそう。このトンネルは昭和期になって通り抜けできるようにしたそうで、ここを抜けると横須賀市街とは反対側、東京湾が眺められます。

端っこには弾薬を運ぶための滑車の跡があったりして、ひんやり、しん、としたトンネルを歩くと、真っ黒な顔をした若き兵士が必死に働く姿が見えるようでありました。

トンネルを抜けると砲台跡がありました。茂みの影から近づく船舶を狙ったのだな。

ガイドツアーはここでおしまいで、この後は自由散策です。砲台跡を進むとすぐに東京湾に出ました。

今では穏やかな青い海。兵隊さんたちは、たまにはここで水浴びしたりできたのだろうか。同僚と、故郷の家族や恋人の話、腹いっぱい食べられるなら何食べたい?とか、そんなひと時があってくれたらいいのにな、とか。いや、見つからないように山を掘ったのだから、それは無理か…とか。(海水は飲み水にはならず、島内には川もなく、なので生活水は雨水をろ過したり、本土から運んだりして貯水槽に貯めて賄っていたのだとか)

小高い丘をあがると、こんな気持ちの良いロケーションもあったりするのですが…

その脇には、高角砲の砲台跡がありました。昭和期に設置された航空機撃墜のための砲台。でも、ガイドさんの話では、B29はとても高い上空を飛行していて、大砲が届きようもなかった、と。むしろ、B29は猿島には目もくれず、大都会東京を目指して飛んでいったのだとか…。

丘を登りきると不思議な建物。何に使われたのか不明だそうですが、なんとなく、見張り台?平和な時代になってからは、ここで仮面ライダーの撮影が行われたこともあるそうです。

向こうに見える白い建物群は、米海軍横須賀基地。なるほど…。

丘を下りると、またトンネル。

ここは、兵舎と高塁道。配備についた兵隊さんが寝泊まりする場所で、中は畳敷きになっていたそうです。湿気がすごいので白い漆喰が塗られていたとか。高塁道(こうるいどう)とは、この中から砲台へと続く階段のある道のことで、敵に見つからずにすぐさま配置につけるよう工夫されていたのです。それにしても、何から何まで、過酷すぎる…

兵舎前はこんな感じ。この島は、手つかずの自然とは違って、歩けば歩くほど、どうにも、もの悲しさがこみ上げてきてしまう。

フェリー乗り場に戻ってきました。レストハウスがありましたので、お昼ご飯に「海軍カレー」を頂きました。このフェリーで戻ります。

先の戦時下では、資材不足等で大砲が上手く機能せず、猿島は戦果を挙げることはできなかったようです。太平洋戦争末期には、爆撃機は島を通過して、横浜・東京へと大挙して押し寄せていく。そんな光景を目の当たりにした兵隊さんたちの胸中はいかばかりだったでしょう…。猿島、初めて訪ねました。初めて知りました。帰りのフェリーでは、なんだか深く頭を垂れたくなりました。

「戦艦みかさ」と東郷平八郎

三笠ターミナルに戻ると、港には記念艦「三笠」が保存展示(停泊していますが航行はできない状態)されていました。艦内見学ができるということで、乗り込むことに。

ちょうど、ベテランガイドさんの艦内ツアーが始まるところでしたので、参加することに。何しろ私、戦艦三笠!?について何も知らず…というか、そもそも!のんびりな山に行こうとしただけなのに、要塞の次は、戦艦に乗ることに?なんてこった、という感じでありますが💦そういう流れになって、ということで💦💦

ガイドさんのお話は、ここでもとても流暢でありました。この戦艦が大活躍したのは日露戦争の時、三笠は、当時の最新鋭の戦艦であり、連合艦隊司令長官である東郷平八郎が乗艦指揮した旗艦でありました。あっ、東郷平八郎!その人の名前は知ってます!(夏の間はサボっていましたが)私の散歩コースに「東郷神社」という神社がありますから。

艦内にあった大きな絵。真ん中の人が東郷さんです。身長153㎝(当時としては平均らしい)の小柄な人だったようです。ガイドさんは、とてもイケメンだったのだと力説されていました。

ともかく、その東郷平八郎が卓越したリーダーシップを発揮し、日本海海戦では、世界屈指の戦力を誇るロシアのバルチック艦隊を迎え撃ち、圧倒的な勝利を収めました。なんとその光景(敵前で大回頭を行う東郷ターンの様子)が艦内にあるVRで見ることができました。

これが前部分の主砲。

上を見るとマストの先端にカラフルな旗がはためいています!これ、Z旗というそうです。

日露戦争時の日本海海戦においては、「皇国の興廃この一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」という東郷平八郎の訓示とともにこの旗が掲げられ、全軍の士気を鼓舞したのだと、ガイドさんが熱く熱く語ってくれました。

ここは操舵室。

ここは司令塔。周りが厚い鋼板で囲まれていて、艦長が敵弾から身を守りながら指揮操縦できるのだそう。

8センチ砲。見学者も自由に触ることができ、上下左右に動かせたりして、好きなところに狙いを定めることができました💦

艦内をうろうろと見学して、階段を上ったり下りたり、大きな船でありますが、思えばこの船から外へは逃げ場がないのだな。三笠は勝利を収めることができたけれど、もし、戦火で沈没したら、なんてことを想像すると全身に鳥肌が立つ。

記念館「三笠」の前には(只今工事中の)三笠公園があり、東郷さんの立派な銅像がありました。「皇国の興廃この一戦に在り」。

海軍のまち横須賀

ひょんなことから来てしまった横須賀。もう少し歩こうと、「ドブ板通り」の商店街を通り抜けて「軍港めぐり」というクルーズに乗ってみようと向かいましたが、なんと、本日全て満席売り切れ!でありました。軍港めぐり、大人気なのだ。

ドブ板通りの写真を撮り忘れてしまいましたが、帰ってから秋の夜長に、Netflixで『父と僕の終わらない歌』という映画を観ました。認知症の父親と向き合う息子が、父が若い頃に諦めたレコードデビューの夢を叶えようと奔走するという(イギリス人親子の実話に基づいた邦画:寺尾聡さんと松坂桃李さん主演)なかなかに心にしみる映画でしたが、その舞台が横須賀・ドブ板通りでありました。行く前に見たかった!

軍港めぐりのチケット売り場はショッピングセンターの中でしたので、せっかくなのでちょこっと休憩すると、こんなモニュメントが。

そして、公園などもあり、付近をぶらぶら歩くと、米海軍基地が見えました。

アメリカ海軍の船、近くに寄ってみよう、うわっ!

朝早くに到着したのに、あっという間に夕方が近づき、三笠フェリー乗り場に戻って、近くにあるよこすかポートマーケットというフードコートに立ち寄りました。帰る前に、今日という思いがけない一日を振り返りつつ、海鮮丼を食べました。海産物のマーケットもあって、とっても混雑していましたが、海鮮丼は、満足満足、大変に美味しかったです。

お土産は、「海上自衛隊カレー」。海上自衛隊では毎週金曜日はカレーだそうです。こちらは南極観測船「しらせ」の辛口シーフード!

帰りの車の中では、なんてこった!な一日を振り返りつつ、東京湾の夜景を眺めて帰りました。

それにしても今回、思いがけずにがっつりと散策・体験したのは、「猿島」と軍艦「三笠」。そのどちらも男性ガイドさんのおかげで、戦時下の歴史を学ぶことができたのですが、帰ってからも、どうしてもそのガイドさんのことが気になってしまう。きっと何かしらの仕事をリタイアされた世代とお見受けしたのですが、とにかく熱く、そして詳細な物語をなめらかな口調で語ってくれるのです。それはまるで、もう、ここにはいない人々が、今そこに生きているように感じられてしまうほどでありました。

東京原宿「東郷神社」

というわけで、東郷さん(何てお呼びするのは憚られるのでありますが)、横須賀から戻り久しぶりに原宿を歩いてみました。東郷神社は原宿竹下通りの近くにあるのです。外国人観光客でごった返す通りを超えると、えっ?と驚く静寂の空間が現れます。

鳥居をくぐって進むと、春の桜も美しい庭園があります。お店を営んでいた頃、早起きしてお花見してから出勤したりしていました。

久しぶりにぶらぶら歩くいて気づいたのですが、この神社にZ旗が掲揚されているじゃないか!以前からあったでしょうか、そりゃあったに違いない、私が見落としていただけで、というか、あの旗に、そんな意味があったとは…、なんだか、もう、恥ずかしいです。

Zは、アルファベットの最後の一文字、つまり「もう後がない」最後の戦いであるという意味もあるのだとか。それが、太平洋戦争でも掲揚されたのだと聞くと、胸がつまります。

ただ、東郷平八郎さんは、とても運の良い人だったそうです。後がない戦いに勝つのだという誓い旗というよりは、個人的には、開運の旗印であって欲しいなと(平和ボケといわれるかもしれませんが)そんなことを思ったりします。

そういえば、以前に、またまたNetflixで『トーゴー』というアメリカ映画を観ました。これは1925年頃のアラスカで感染症が蔓延した時、暴風雪で飛行機が飛ばなくて、犬ぞりで血清を運ぶという物語です。とても過酷な距離を走った犬、その犬ぞりのリーダー犬の名前が「トーゴー」。東郷平八郎にちなんで名づけられたのだそう。息つかせぬ胸に迫る冒険物語でありました。こちらも実話。

日露戦争の大勝利の後、色んな国で、東郷平八郎が讃えられ、子どもやビールや犬にも「トーゴー」と名付けるのが流行ったのだそうです。

東郷平八郎は、86歳で生涯を閉じた際には「国葬」にて送り出されたそうです。その後「軍神」となり、原宿の地に祀られています。神社の「勝守」や「強運守」には、やっぱりこの印、Z旗が描かれています。

えっ、なんで?なぜだか夫が持っていました(^^;